クラブEKO

 
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はじまり

クラブEKOのはじまり


1992年という年は、「国連・障害者年の十年」の最終年にあたる年でした。その記念行事の一つとして、スウェーデンから知的にハンディのあるメンバーたちが中心のロックグループ「EKO」が招聘され、5週間にわたる日本縦断公演ツアーが行われました。その後「EKO」は94、96、98年と合計4回来日し、全国28都市で30回以上もの公演が行われました。


eko三重公演

公演が行われた各地では、このイベントを実現させるために「公演実行委員会」が作られ、幅広く大勢の人の協力のもとに、そこに出合わした人たちみんなが感動を共にして、何処でも大成功に終わりました。

「EKO」公演のキャッチフレーズは、「障害の垣根を越えて」。ハンディを持つメンバーが中心とはいえ、サウンドは全体が作りだすものです。ステージの上では障害はハンディとはならず、それぞれの個性で自己を表現し、メンバーとリーダーの垣根も越えて、全員でのサウンドとパフォーマンス。「EKOのステージは、みんなで描いた絵のようで、それが毎回違う感じ。リーダー達は額縁の役にもなっている。」という評価もありました。

「EKO」の公演は、普段はあまり交流のなかった、いろいろ立場の違う人達が、このイベントを成功させるために集い、ひとつの目的に向かって協力し合った場でもありました。公演がもとで今までにない繋がりも出来、その繋がりからまた新しい動きもいろいろ出てきました。このイベントに参加し、それがきっかけで障害を持つ人たち自身の「本人の会」が出来たところもあるし、また障害を持つ人の新しい音楽グループもあちこちで生まれ、今まで以上に各地で盛んに活動するようにもなりました。また、90年代に入ってから、障害を持つ人の自己決定や社会参加などへの関心も一層深まりつつあり、この公演での交流をきっかけにスウェーデンとの橋も架けられました。

そして95年8月、仲間たちが集まって、地域に響きあいや心を揺さぶる共感の輪を広げようという願いを込めて、「クラブEKO」というネットワークが生まれました。

 


 

 

 

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