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Home スウェーデン スウェーデンの福祉理念 スウェーデン、あれこれ!

スウェーデン、あれこれ!

「本人・当事者」ということば


福祉の世界で日本とスウェーデンの間にいると、往々にして翻訳や通訳をしなければならないことがあるが、そんな中で日本語からスウェーデン語にも英語にも訳せない言葉がある。「本人」、「当事者」という言葉である。

日本語を使っている以上、英語やスウェーデン語の会話や文章から「本人」や「当事者」ということばに訳すことは問題ないが、日本語で「本人の意思」や「本人活動」、あるいは「当事者の問題」などという言葉を英語やスウェーデン語で説明するためには、「障害者自身」とか「障害を持つ個人」というように、その対象をいちいち言わなくてはならない。敢えて「person」だの「individual」、つまり個人という言い方をすると、日本的なニュアンスはなくなってしまう。

考えようによっては、日本語というものは表現が豊かであるとも言えるのかも知れないし、また便利であるかも知れないが、良く考えると「個人」ということばと「本人」「当事者」ということばは、確かに意味合いが違う。

翻訳したり通訳して気がついたのは、「本人・当事者」という言葉には、自分は含まれていないということである。つまり、我々が「本人」とか「当事者」という言葉を使う時、頭の中では無意識に「それは、自分じゃない」という考えがはたらいているわけだ。

「本人の活動」は自分も含む個人ではなくて、「その対象になる人の活動」であり、「私」も含めた個人の活動ではない。だから、福祉の世界で「本人・当事者」ということばを使うと、この世界には「私たち」と「あの人たち」がいるという錯覚にかかってしまう。

スウェーデン語の世界や福祉には、それがない。どだい福祉というものは、「私とあなた」のすべての個人がその恩恵を受けるものであるはずである。人間誰でも普通に生きていればやがては「高齢者」になり、「高齢者」になれば誰でも不自由なことが出て来るものであるから、やっぱり「私とあなた」じゃなきゃおかしい。「私たち」と「あの人たち」では、どうしても同じになり難いと思うのだが、どうだろう?


 

 

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