スウェーデンの新型コロナウィルス対策 2020/3/25

今日は、僕の友人・同僚ダールマン容子さんからの「スウェーデン情報」です。

スウェーデン在住:ダールマン容子

中国から始まった新型コロナウィルスの感染拡大は、アジアからヨーロッパ、アメリカへと広がってきました。そして私が暮らすスウェーデンでも、今まさに感染拡大、またそれに対する政府の対策が行われている状況です。

そんなスウェーデンの新型コロナウィルスの感染状況や具体的な対応について、以下のブログに詳しくまとめておりますのでよろしければご覧ください。

情報は主にスウェーデンのニュースや新聞、また公式発表などをまとめたものです。

スウェーデンのコロナウィルス感染状況とその対策

  • 3月13日の状況まとめ

http://blog.sopiva-hokuou.com/sweden-corona-1822

  • 3月20日の状況まとめ

http://blog.sopiva-hokuou.com/sweden-corona2-1838

3月20日のまとめに書いたように、今回のコロナウィルス感染対策で、私が「スウェーデンらしい」と感じたことの一つは、公衆衛生庁と政府の関係性です。

現在スウェーデンは他のヨーロッパの国々や、隣接するフィンランド、ノルウェー、デンマークなど北欧諸国とは異なる対策をとっています。

例えば、周辺諸国が2-10人以上の集会を禁止とする中、スウェーデンが禁止しているのは500人以上の集会。また各国が小学校、保育園の全国休校を実施する中、スウェーデンは小中学校、保育園に関しては休校していません

こういった対応については、当然社会からは賛否両論の声が上がっています。それでも、政府与野党は一丸となって公衆衛生庁の指示に従うというスタイルなので、ブレがありません。

専門家の意見が尊重される社会

そもそもスウェーデンの社会は、一般的に専門家集団がつくる「庁」の権限が強い社会です。今回の感染症についてもスウェーデンの対策は政治家の政治的判断によるものでなく、公衆衛生庁という細菌感染に関する専門家集団がつくる「庁」が出す指針に従っているためです。そしてこの庁の判断は、研究結果やデータなどを根拠とするものです。

現在わかる感染拡大のリスクと、集会を禁止したり全国休校を実施して小さな子供たちが家にいることのリスクを比較した結果の判断となります。

スウェーデン首相の演説

3月22日(日)の夜、スウェーデンの国営テレビ(SVT)で、スウェーデンのステファン・ローヴェン(Stefan Löven)首相が全国民に向けて演説を行いました。

演説は5分程度の短いものでしたが、

「今は国民が一つとなり、お互いを助け合い支え合うとき」

「リスクがあるなら、今はリスクをとるときではない」

「あなたが大人であるなら、大人らしくふるまい、パニックや根拠のないうわさを流さないこと」

「一人一人が自分の行動に責任を持ち、感染拡大防止に努めること」

「社会が一丸となってこのウィルスに立ち向かおう」

など、今は自分の都合だけを考えるのではなく、国民一人一人が自分の行動に責任を持ち、国が一丸となって感染防止につとめようという、まっすくで力強いメッセージでした。

今後も定期的にスウェーデンのコロナウィルス感染の状況を更新していきたいと思います。

皆さまもどうか、お気をつけてお過ごしくださいね。

「ふれあい」と「手当て」いうこと…

私たちはよく「ふれあい」ということばを使います。

一般的には、例えば福祉の世界や地域で「ふれあい広場」、「ふ れあいセンター」など「交流」と同意語的につかわれていますが、おもしろいことに、「触れ合い」と漢字で書くと、 途端にニュアンスが変わってきます。

「触れ合い」と書くと文字通り手や身体で触れることを意味し、一般的には人と人、あるいは人と動物などが触れ合う場合に使われます。

そこで、「ふれあい」という言葉が、なぜ平仮名と漢字ではそれぞれニュアンスが違い、使う場所や状況によって文字を使い分けるのかということを考えると、そこには私たち日本人独特の微妙な精神や文化が見てとれます。

海外では、例えば挨拶を交わす時には握手や、場合によってはハグをするなど人と人が身体で触れ合うことをしますが、私たち日本人は、最近でこそ握手をする人も増えてはきたものの、人に触れることなく「お辞儀をする」というのが普通でしょう。

おそらく、相手の身体に直接触れるということは出来るだけ控えるというのが、日本的な精神であり文化なのでしょうね。

「触れ合う」と漢字で表現すると、単に交流や接触といういうより、何か「肉体的」な接触というイメージの方が強く響くために、人との交流の場合には「ふれあい」と平仮名で書く方が、読む人に抵抗なく解釈されるのでしょう。

そして「ふれあい」というと、やはり人と人や、人と動物などとの「寄り添い」とか「心が通う」有様をいうのだと思います。

一方で、私たちは治療をすることを「手当て」と言います。

文字通り手で身体に触れるわけですが、これもまた外国語にはない、ある意味で正に「言い当てている」日本的な表現といえますね。

「手当てをする」というのは、昔から怪我をした時や病を治したりする場合に使われてきた言葉ですが…
その他にも、例えば誰かを慰める時など…「背中にそっと手を当てる」というように、「手当て」、「手を当てる」とは、病を治す時にも「癒す」時にも使われてきた言葉です。

しかし、普通は「触れる」ことを「当てる」とは言わないとは思いますが、この「手を当てる」という表現の中に、「心を込めて」という意味合いも含まれて、人の暖かさで対処する「心遣い」が込められているのではないでしょうか。

さて、「スウェーデンハンドセラピー」はスウェーデン生まれではありますが、実はこの「心を通わせる」という意味での「ふれあい」と、「癒し」としての「手当て」が融合されているものです。

スウェーデンでは、スウェーデンで呼ばれている「タクテール」つまり「スウェーデンハンドセラピー」というのは、人と人が心を通い合わせるコミュニケーションであると捉えています。

そして「触れること」という意味合いは、よくスポーツや仲間内で行われる連帯感を示す「ハイタッチ」であったり、「癒し」という場面でも、また愛情表現のひとつであっても、それはお互いの間で起こる「コミュニケーション」であるわけです。

スウェーデンハンドセラピーは、もちろん治療や癒しの効果を使うものですが、これは正に、日本でいう「手当て」であり「ふれあい」なのです。

話は変わりますが、先の東北大震災の避難所で、被 災者への癒しとしてスウェーデンハンドセラピーを行いに、愛知県から東北の各地に出向いた福祉法人の団体がありました。

東北の人は「口が重い」とよく言われます。
テレビなどでは、各地から 寄せられる様々な支援に対して、被災者が感謝の言葉で話すのが見られましたが、実際のところ、本心というものは中々言葉に出さず心に閉じていることも多いということも語られました。

その福祉法人の団体のメンバーは、テレビなどの取材がない場面でハプティックセラピーの説明をしても、被災者の表情からは「何を今さら…」という反応に、初めは戸惑いを隠せなかったそうです。
それでも施術が進むにつれて心も開かれたのか、被災者の方からいろいろ話しかけて来られる場面が多かったとも伺いました。

中には、施術が終わるとマッサージを行った施設職員の手を握り「ありがとう」と涙ぐむ被災者の方もいたそうです。
被災者が東北の方というのはさておき、あの震災の被害はそれほど深刻なものだったのでしょうが…

施術する側と受ける側である被災者の間には、まぎれもなく、この「ふれあい」が生まれたということを、その両者が実感されたのではないかと思います。

東北大震災の後も、日本では様々な災害が起きました。
残念ではありますが、日本はいつの世も様々な災害に見舞われてきましたし、それはまた私たち日本人のあり様として、私たち自身の暮らしの中で生き続けてきたものです。

最近は、被災地には全国からの支援者やボランティアなどが集まり、現地での被災者との「ふれあい」の姿がメディアを通しても伝わって来るようになりました。

現在はまた、例の新型コロナの感染が広まり、学校の休校も続き、また集会・イベントなども自粛が求められ、交通機関や飲食店なども閑散としています。

今は、このまれに見る感染力を持つと言われるウイルスのために、「ふれあい」の機会がどんどん少なくなってきています。
これはまた、私たち日本人が持つ「ふれあい」と「手当て」という癒しの場が失われつつあるということでもあります。

しかし、私たちの周りで、人と人との「ふれあい」と「手当て」の場がなくなりつつある今だからこそ、この「ふれあい」と「手当て」が融合された「癒し」として、「皮膚と心に触れる、スウェーデンハンドセラピー」が、社会の中でより求められているのではないかと思われてなりません。