スウェーデンの音楽療法(その5)国家資格ではない事情

 ⚫︎社会的認知はあるけれど…

スウェーデンの音楽療法の歴史は半世紀以上にもわたり、また音楽療法の教育も比較的早くから行われているにもかかわらず、音楽療法士はまだ国家資格に認定されるには至っていません。

心理士なども随分前から国家資格を得ており、音楽療法もある意味では社会的に認知されてはいますが、医療・社会サービス(日本でいう福祉分野)の職種を認定する機関である社会庁の認定は下りていません。

音楽療法の教育が始まった頃は、いわゆる国家資格というものについての議論がなされたこともありましたが、その問題について声を高くして要望するということもなかったように思われます。

⚫︎国家資格と官庁

ここで医療や社会ケア(福祉)部門での資格を決めるものについても説明しなくてはなりませんが、国家資格になるためには、国の機関である社会庁の認定を得なければならないことになっています。
社会庁は、日本の厚生労働省とは違い、厚生労働省に当たるものは社会省と呼ばれます。

社会庁は独立した機関で、医療や福祉の監督、監査、調査を行う機関で、スウエーデンにおける医療・福祉サービスの監督と監査の責任を負っている部署です。これに対して社会省は、医療や福祉を進めていく上での政策的なことを企画し推進している官庁です。

法制度やそれらサービスの基盤を整えるのが社会省で、サービスを行う管理と責任は、県自治体や市町村自治体〜(コミューン)にあります。
管理と責任が自治体にあると、自治体によってサービスのばらつきや格差が出てくるので、そこで社会庁が、国民が法的に均等なサービスを受けられるように監督をし、内容に関しても言及する権限を持っているということです。
つまり監督・監視役であるので、資格を決定するする権限も持っています。

⚫︎国家資格ではない理由

では、なぜスウェーデンで音楽療法士が国家資格として認定されていないのかを考えると、非常に複雑な理由があり、なかなか一口では説明できないものがあります。
実際、教育関係者やそれぞれの音楽療法の流れの中で実践している音楽療法士に問いかけても、明快な答えは得られません。
ただ、共通している意見としては、「まだその時期ではない」というもので、それもまた極めて抽象的で、時期的な展望があるわけでもないというのが現状です。

王立音楽大学で音楽療法士の教育が始まり、資格について語られた頃は、国家資格になるためには、ひとつには、音楽療法というものを「療法」としてどう説明するかという問題があり、またひとつには、どのような人が音楽療法士であるのかということが議論されました。

具体的に言えば、音楽療法を医学的、教育的、社会的な療法として、その効果を実証しなければいけないということと、音楽療法士という職種が国家資格になれば、当然賃金体系も作らなければならず、その場合、医者が音楽療法士であったり、あるいは音楽教師や音楽家、もしくは施設の職員がその資格を持つとすれば、誰に合わせて賃金体系を作るのかということです。

例えば、音楽家や施設の職員を基準にして体型を作ると、医師としての賃金よりは低くなるので、医師としては、音楽療法士ではなく医師として音楽療法を使う方が都合良いということになり、また医師とは専門教育のレベルが違うので、医師の賃金体系を基準にするわけにはいかない、などということが議論されました。

しかし、現在は事情がもう少し複雑になってきています。

音楽療法の教育や方向性が大きく分けて三つの方向に分かれたために、音楽療法の定義もそれぞれ違い、また音楽療法についての評価も違っているので、「音楽療法とは何か」という最も基本的な概念がひとつにまとまらない、ということが出てきたわけです。

この問題に関しては、スウェーデンには、例えば日本の音楽療法学会のように、学会というものがないということも挙げられます。
つまり、音楽療法の定義や教育体系についてはそれぞれの教育機関によって異なり、それをまとめる上部組織というものがないために、まとまった形で国家資格の問題の議論を進めていくことが難しいということです。

しかし、国家資格ではないといいながらも、福祉の分野というのは保険点数制度ではないため、そのニーズがあれば、音楽療法士として働くことに支障はありません。
同じように、理学療法士や心理士、言語療法士などが福祉の分野で仕事をする場合にも、それは保険点数の範疇には入りません。
その場合は、それぞれの資格に適合する給与が支払われます。

またスウェーデンでは、音楽療法の他にも、例えば絵画療法、ドラマ療法、ダンス療法などの芸術療法やプレイ(遊戯)療法など、いろいろな療法が福祉や教育の中で取り入れられており、さらに医療の分野でも代替療法として、それらの療法が医療行為として行われています。
また、それらの療法を同時に取り入れて活動することも多くあります。

それらの多様な療法も国家資格として認定はされていませんし、そのような現状を考えると、音楽療法だけ独自に国家資格として認定されるというよりも、一つの芸術療法として、他の療法と一緒に国家資格になる可能性もあるのかもしれません。

そのように、現在音楽療法士というのは国家資格ではありませんが、実際に医療や福祉の分野で音楽療法士が仕事として音楽療法を活用することには支障がありません。

いずれにしても、音楽療法士を目指す人が、将来的に国家資格として認知されたいという願望を持つこともまた当然でもあるので、この国家資格に関しての議論は、これからも続いていくのであろうと思われます。

スウェーデンの音楽療法(その4)音楽療法士の養成

⚫︎ストックホルム王立音楽大学での教育

スウェーデンで音楽療法士の教育が最初に始まったのは、ストックホルムにある王立音楽大学ですが、王立音楽大学では大きく分けて、演奏家を養成する「演奏専門学部」と音楽教師を養成する「音楽教育学部」、それに「作曲、指揮学部」に分かれています。

音楽療法科は、この中で音楽教育学部に属し、コースが設立された当時は、その中の「リトミック科」の特別コースでしたが、現在は音楽療法科として独立した科目になっています。
教育期間は3年間で、基礎課程、継続過程と付加過程に分かれ、授業は週2回行われ、終了すると学士の称号が得られ、音楽療法士として認定されます。


ストックホルム王立音楽大学、音楽療法科の授業風景

王立音大音楽療法科の設立当時の入試は、論文提出の他に、演奏技術、療法的状況の中でのディスカッションなどを試験官の前で行うものでしたが、現在は音楽教育学部の付加科目であるため、入学資格として、すでに音楽教育科の科目を修得しているか、あるいは、心理士や音楽教師などの資格があり、しかも臨床を5年以上行っているということが条件になっています。
また、25歳以下では入学が難しいということです。

王立音大の音楽療法科は、伝統的に精神力動的な理論を基調としていますが、その他の精神・心理療法理論や、いろいろなスタイルの療法が学習できるようになっています。

カリキュラムを羅列するとかなりの量になりますが、大まかには、音楽療法概論の他に、各種の方法論や音楽概論、即興演奏と作曲、合奏技術とレパートリー発展、GIM音楽療法の基礎知識、各種の心理療法、音楽心理学、発達心理学、基本的な精神療法の知識、精神的・身体的な機能障害、脳心理学の基礎、倫理、職業的責任と対処責任などですが、この他にも、福祉職の職員に対する音楽を使ってのスーパービジョンというものもあります。

もう一つユニークなものとして、学生は教育期間中に、自分自身がクライエントとして何かの精神療法を受けるということが義務付けられています。

⚫︎FMT音楽療法の教育

もう一つの音楽大学であるインゲスンド音楽療法科では、FMT音楽療法に限った音楽療法士を養成しています。

FMTの創始者であるラッセ・イェルムは、長年ウプサラ市にあるバーナドッテ特別支援学校の音楽教師を務めていて、特に脳性麻痺の児童との音楽活動に携わってきました。
彼は1980年代の半ばにストックホルム王立音大の教員を退き、自分の方法論をFMTと名付けて、1985年にウプサラ市にある音楽教育協会という教育機関でFMTの講座を開き、その後インゲスンド音楽大学において独自の音楽療法による音楽療法士の養成を始めました。


インゲスンド音楽大学、FMT音楽療法科の授業風景

音楽療法の心理的な側面よりも脳機能に働きかけるという理論なので医学的なカリキュラムも多く、講師として専門家を招いて講義を行っています。
教育は3つのカテゴリー、基礎過程、継続過程、付加過程とそれぞれ1年で、週2日の授業で3年間の教育期間終了後に、FMT音楽療法士としての認定が得られます。

また、FMTは、その理論を広めていくことに積極的に活動し、現在では国外においてもその療法を広めつつあります。

⚫︎ショービーク国民高等学校での教育

ショービーク国民高等学校は、キリスト教系の財団が運営する学校で、一般教養の他に、宗教(キリスト教)学、音楽、音楽療法、さらに手芸屋テキスタイル(布を素材とするもの)などのコースがあります。

一般的に国民高等学校のレベルでは入学試験というものはないのが普通ですが、ここでの音楽コースや音楽療法コースでは、それぞれの入学試験を受けなければなりません。

音楽療法コースの試験科目としては、面接の他に、自分の伴奏による歌唱と、グループを指導する実技などがあります。

授業のカリキュラムは、音楽療法の方法論、姿勢と自己の発達、音楽心理学、発達心理学、精神医学と社会ケア、それにピアノとギター演奏やリズム、音楽概論などです。

ここでの音楽療法の教育は音楽療法基礎教育と性格づけられて、教育機関は3年で、そのうち初めの2年は週4日の授業で、残りの1年間は週2日の授業になっています。

また、1年目は、幼稚園での音楽や合奏の活動、知的障害者のグループとのセッション実習などで、2年目は、独自の方向での実習と高齢者ケアにおいての実習、3年目には、精神医療の分野で音楽による日中活動での実習という内容で、それぞれの分野での実習に重点を置いています。


ショービーク国民高等学校、音楽療法科の実習

⚫︎その他の教育機関での教育

この他に、ヘルノサンド国民高等学校という、音楽療法とは呼ばずに、音楽ハンドリーダー科目という名称の、主に知的障害者や自閉症の人たちとの音楽活動のリーダーを養成する国民高等学校があります。

ここでは、伝統的に音楽の活動に「療法」という言葉を使うことを敬遠しており、実際の活動は音楽療法でのセッションや考え方と似ているところがあるとはいえ、あえて療法ではなく、あくまでも特別な音楽活動という立場をとっています。

このような学校はいくつかあり、また音楽療法を補助的なコースとして取り上げている教育機関もありますが、いずれも音楽療法士の養成機関ではありません。

⚫︎音楽療法士の資格

音楽療法士の資格は、それぞれの音楽療法教育の場で規定の単位を取得すれば、その教育機関による認定が得られます。

その資格を持たないで音楽療法を行うことは、以前のように音楽療法の認識がまだ浸透していなかった頃はともかくとして、現在は、それが可能であるとしても、社会的な認知は得られません。

音楽療法という言葉が福祉の分野でも聞かれ始めた頃は、障害者と音楽をすることが音楽療法であるという通念もあって、デイセンターなどでの音楽活動の場では、よく音楽療法という言葉が聞かれていたものです。
しかし、音楽療法の教育が進み、教育機関からの資格が得られるようになるにつれて、そのような現象もなくなってきました。

一方で、特に障害児の特別教育の分野や福祉の分野に携わる人の中には、そのような場で音楽をすることを音楽療法と呼ぶことに対して、療法という言葉や概念に疑問を持ったり批判的であったり、あるいは嫌がる人がいることも否定できません。

音楽療法やその教育が確立していく過程でも、特に「教育的音楽療法」あるいは「特別教育的音楽療法」という概念を語るときに、それは教育なのか療法なのかという議論もありました。

また、障害者の日中活動を支援する職員や音楽活動に携わる人の間では、音楽活動を進めるうえで、むしろ「これは音楽療法ではない」と断定する人もいるほどです。
そのような人は、音楽大学での音楽療法の教育というものを敬遠して、ヘルノサンド国民高等学校などで、音楽ハンドリーダーとしての教育を受ける傾向にあります。

音楽療法士であれ音楽リーダーであれ、スウェーデンの福祉分野で音楽活動を行う場合には、このような資格を持つ人が多く携わっています。

スウェーデンでは、伝統的に音楽というものが社会や生活の中に息づいていますが、音楽はそれ自体が療法的であるということは人々が体験の中で認識していますし、その上で、また「音楽療法とは何か」という問いが、これからも語られていくことでしょう。