今年の夏至祭りとコロナ禍…

今年2020年の夏祭りは、19日の金曜日が夏至祭りイブ、そして今日の20日が夏至祭りです。

夏至祭りについては昨年の記事「夏至祭り、そしてセメスター(休暇)!!」でお伝えしたのでここでは詳しくは省きますけど…(読みたい方は↑をクリックしてください)

要は、スウェーデンではクリスマスの次に大事な…というか、暗くて長い冬が終わって、白夜のど真ん中の時期なので、とにかくみんなが待ち望んでいる「お祭り」なんです。

お祭りといっても、行事としてあるのは例の「柱=ポール」を立てて、その周りで歌ったり踊ったりするのが夏至祭りイブの儀式みたいなもので、あとはスウェーデン独特のバイキング式の料理を食べたり飲んだり…というもの、それと…、とにかくみんな遅くまで起きていますね。

僕の住んでるところは移民が多いので有名な地域なんですが、それでも児童公園なんかでは子供たちの声が夜の11時頃まで響いて、夜中の3時過ぎでも住民の声や音楽なんかも聞こえます。

白夜ですから、ストックホルム地域では夜の10時頃が日の入りで…朝の3時半頃には日の出になるんですけど、その間も北の空は明るいので星は見えないし、「暗くなったな…」と思っていたら朝になるという具合で、真っ暗にはなりません。

こんな時には、カモメや他の鳥も刺激されるのか、まぁ、人声や音楽に加わって鳥の鳴き声と、とにかく賑やかです。

日本でも、「スウェーデン村」がある札幌近郊ではスウェーデン風の夏至祭りがあるんですが、今年は「コロナ禍」で中止になったとか…。

スウェーデンといえば、みなさんニュースなんかでご存知とは思うけど、ロックダウンをしない国とか、それでも感染者数や死亡者数は世界の中でも多いとか、そして、それにもかかわらず、スウェーデン式の対応を「頑固」に維持していることで知られてますよね。

確かに、スウェーデンのコロナ状況は他のスカンジナビア諸国とかヨーロッパの他の国々と比べても、人口比率にすると多いというのは事実です。

今は、ヨーロッパの国々の間では観光客を受け入れる状況になってきていますけど、スウェーデンは隣のフィンランドやノルウェーからも「お断り」されているくらいですから…。

そんな中での「夏至祭り」なんですが、こればかりはいくらコロナ禍といっても中止になるわけがありません。

夏至祭りっていうのは、単なる「お祭り」じゃないんですよ。
暮らしていく上で、というか生きてる中での、一つの節目ですから…
言ってみれば、日本の正月やお盆のようなものだと思いますね。

なので、今年は地域によって「柱は立てるけど、その周りでのダンスはやめて庭でご馳走を食べましょう!」とか、中には柱を立てることも「今年はやめます」みたいなところもあるようですけど…

でも、夏至祭りを祝うこと自体を中止するなんてことは、まずありません。

だって、家族の中でご馳走を食べたり、外で祝うなんてことは人それぞれですから、それさえも中止ということはあり得ないことです。

スウェーデンの「コロナ禍」の中では、やはり高齢者住宅や病院に住む、特に持病を持っている高齢者の死亡率が高いことは、みなさんご存知の通りです。

でも、そういう高齢者住宅でも病院でも、どこかで何かの形で「夏至祭り」を迎えて、それなりに祝っていることでしょう。

「God Jul=メリー・クリスマス」と「Glad midsommar=ハッピー・ミッドサマー」は、スウェーデン人にとって神聖な言葉ですから…。

それにしても…

スウェーデンで、コロナ禍による高齢者、特に高齢者住宅に住む高齢老人者の死亡率が高いことには、心が痛みます。

スウェーデンではコロナ対策としての規制は他の国に比べても緩やかですが、それでも高齢者住宅への訪問は今のところ禁止されていますし、一般でも、70歳上の高齢者には自宅での自粛や、スーパーなんかでも買い物はなるべく早朝の時間にするように勧めています。

実際、スウェーデンのコロナウイルスによる死亡者の8割は高齢者であることから考えると、高齢者住宅でのクラスター感染が圧倒的で、これも有名になったスウェーデンの感染対策の責任者であるアンダッシュ・テグネール博士に「反省することもある」と言わせた理由でもあるでしょう。

日本でスウェーデン関連のニュースを目にすると、とかく「スウェーデンでは、医療崩壊を防ぐために高齢者が犠牲になっている」とか、「スウェーデンでは、財政上の問題で半意識的に高齢者に死亡者が多いのを黙認している」的な論調が多いようですけど…

これは、真実とは違いますね。

スウェーデンの高齢者というと、独り者の高齢者はもちろんいるだろうけど、多くはその家族がいるもんです。

その家族が「私たちのために、高齢者が犠牲になっても仕方がない」などと思っているとは、今の時代では考えられません。

第一、若い世代の人でも、「やがては自分も高齢者になる」なんてことはみんな知っていますし、「自分が高齢者になった時に、社会はそう見るだろう」などと考えながらコロナ対策を練ったり実践しているわけがないでしょう。

もちろん、

「反省している」という言葉だけでは、亡くなった方や親族から見ると許されない言葉に聞こえるかもしれませんが、実は、これにはいろんな意味があります。

彼には「その要因」というものに深く入れない事情もあるし、またその要因は彼の責任や権限を問われるものではない、…と僕は思っています。

つまりは、これにはスウェーデンの高齢者医療の性格や、財政や移民対策といった問題が含まれているということですね。

「なぜ、高齢者住宅での死亡率が高いか?」という問いについては、コロナ対策以前の、構造的な「リソース不足」を考えなくてはなりません。

この場合のリソース不足とは、財政的な問題と人員不足です。

一般的に、スウェーデンでも病院や介護ケアの介護員のステイタスは、「仕事は厳しい上に、給料が安い」ということで低く、介護スタッフの多くは移民などの職員が多いことで知られています。

「皿洗いと清掃業」それに「介護スタッフ」というのは、昔から移民が請け負わされていた定番のようなもので、それは今でも変わっていません。

海外からの移民は、当然ながら生活習慣も違うので、スウェーデン人のように成人すると家族が別々に生活するのではなく、祖父母、親子の3世代が一緒に生活する家庭も多く、また同国人同士が密接に付き合うということが普通に行われています。

つまり、コロナウイルスに感染する可能性は一般のスウェーデン人家庭に比べて多いことが一つと、加えて、病院や施設の介護員には非常勤の職員が多く、複数の病院や施設で勤務する場合が多いことが挙げられます。

高齢者住宅においてクラスターが発生する要因の中には、このように介護スタッフの現状が影響していることも挙げられるでしょうが…

しかし一般的には、このような指摘をすると、ともすれば「反移民的」という批判を受けることにもなりかねないので、公には議論もされません。

これらは財政上の問題でもあり、また移民政策の問題が絡んでいるので、単に医療的な新型コロナ感染の対応だけでは解決できない問題です。

もう一つ、スウェーデンの高齢者の医療に関して、他の国ではわかりにくいことがあります。

それは、スウェーデンでは、高齢者が認知症になったり「医療ではもう完治できない」という疾患を抱えている場合には、早い時期に「緩和ケア」で対応するということです。

緩和ケアというのは、他の国々では往々にして、単なる「終末ケア」であり、終末の時期にモルヒネなどの鎮痛剤を使うだけ…と理解されているようです。

でも、スウェーデンでは「緩和ケア」というものは、医療的に「もう医療では完治できない」と判断された時期から、つまり、終末期ではなくもっと早い時期から緩和ケアに入るということが一つ…

またもう一つは、緩和ケアというのは単なる医療の手段だけではなく、医療の倫理的・哲学的、対応策的要素があるということです。

それらは、まだ緩和ケアというものが高齢者への対応として十分に理解されていない国々…ちなみに、スウェーデンを除いたほとんどの国がそうですが…、中々理解されないことであると思います。

高齢者で、医療的にもう完治しないと判断される持病を持つ人は多いでしょう。

そして、そういう「もう完治できない」と判断された高齢者の多くは、医療的にどんな処置を取ろうとも、やがて亡くなります。

緩和ケアというのは、端的にいうと、そのような患者が亡くなる前に、「そうだ」とわかった時点で、無理に医療的に処置をして痛みや苦痛を味わい、しかも長く延命処置をするのではなく、亡くなるという事実を本人や家族も含めて容認して、出来るだけその本人が人としての尊厳を保ちながら、苦痛のない最後を迎えるようにするというものです。

こうした倫理的な考えには、もちろん異論もあるでしょう。

医療というのは、とにかく「最後まで治療する」というものが原点でなくてはならない、と考える人にとっては、なかなか受け入れがたい考え方です。

もちろん、本人も家族も、「とにかく、最後まで出来るだけ治療してもらいたい」と思うのも人情的にはわかるし、スウェーデンでもそう考える人は多いと思います。

この辺の議論は、おそらく「安楽死を認めるか否か」のように難しい倫理的な問題でしょうね。

でも…です。

スウェーデンの高齢者の対応や医療の仕組みの中には、その「緩和ケア」というものが今は主流になっているので、持病を持ち存命が危ういというような高齢者がコロナウイルスに感染すると、すぐに病院での治療をするのではなく、緩和ケア病院に移されるか、あるいは施設で緩和ケアに基づいた対応をとる…ということですね。

つまり、持病を持った高齢者がコロナウイルスに感染して症状が出ると、亡くなる率が高いということです。

まぁ、いろいろあるんですが…

スウェーデンに在住していて、しかも自分も高齢者という範疇に属する身としてはいろいろ考えるところもありますけど…

とにかく、夏至祭りを迎えて…普段とはそう変わらない生活をしている周りの空気を感じながら、やっぱり自宅自粛をして様子を見るというのが無難だな…と、まぁ、僕なりの夏至祭りを楽しんでいます。

ダーラナへの道!

ストックホルムから車で北西に向かって約215km、高速道路を約2時間ちょっと走ってボーレンゲ(Borlänge)に入ると、そこからはダーラナ(Dalarna)地方です。

日本では、よくダーラナ地方のことを「スウェーデンの心の故郷」というように言われているようですけど…

スウェーデン人に「あんたの心の故郷ってどこ?」と聞いたら、普通は「う~ん…」と一息も二息も考えて、「もしかしたら、ダーラナかな…?」と答えると思うんですよね…。

スウェーデンじゃ「心の故郷」って言い方はしないので、「スウェーデンのハート」という表現になると思うんですけど…スウェーデン人は大体において自尊心も強い方だから、地方の人に聞くと、まずは自分の地域がそうだろうと思うでしょう。

ちなみに、参考のためにスウェーデン語でダーラナというのをネットで検索してみると、「スウェーデンの心の故郷」というフレーズはなく、

その代わり「スウェーデンのハート」という言葉が、スウェーデンの中部にある地域のいくつかのサイトにありました。

これはきっと、「心臓部」という地理的な意味で使われているんだろうと思います。

ところが、日本のHPにはそれが軒並みに出ていて…見ると、そのほとんどが旅行業者やスウェーデングッズの販売のサイトです。

おそらく、観光やグッズの販売などでダーラナの魅力を伝えるために、そのキャッチフレーズを使っているんじゃないかと思いました。

推測ですけどね…。

とは言え…、確かにダーラナ地方というのは、

原野が広がり、サーメ人の文化もあるし、森や湖はもちろん、他の地方には少ない山岳地帯もあるという自然にも恵まれ…赤色の家や小屋や、さらには民謡や民族衣装も有名で…

とにかく「スウェーデンらしさ」がいっぱい詰まっているところです。

何よりも、スウェーデンの心臓の位置っていうか、真ん中の中部地方にあるので、「スウェーデンのハート」というのも、あながち間違いではないかもしれません。

でも、僕が「ダーラナ」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、やっぱり民謡や民俗音楽とか夏至祭ですね。

スウェーデンの音楽といってもいろいろあるんですが、こちらのポピュラー音楽は、日本ではスウェーデンポップスとも呼ばれ独自のジャンルにもなっていて、日本でも流行るくらいですから、日本人にも響くメロディーを持っています。

アメリカのカントリー音楽では、アイルランド民謡と同じようにスウェーデン民謡の影響がたくさんあって、これもアメリカ人には馴染みやすいものがあります。

ちなみにですが、あの世界的にポピュラーなABBAのリーダーのベニー・アンダーソンは、ダーラナでは有名な民俗音楽一家の一員で、小さい頃から神童ぶりを発揮していたそうです。

その他にも、スウェーデンにはダーラナ出身のミュージシャンや、グループがたくさんいます。

そんな訳で、

ダーラナは誰しもが認める「スウェーデン音楽の故郷」でもあるし、また全国にあちこちにある民俗衣装の中でも、やっぱりダーラナの民俗衣装というのは最もスウェーデンらしいものだと思います。

それと、スウェーデンに来る外国からの観光客が購入する「お土産」の中で、圧倒的に多いのは、何と言っても「ダーラへスト」と呼ばれる木彫りの馬でしょう。

ストックホルムの観光お土産店に行くと、とにかくこのダーラヘストがいたるところに並んでいて、ある意味壮観です。

これは、昔からダーラナ地方に生育していた馬の木彫りを、遊びとして家庭で子供に作らせていたものが、やがてこの地方のお土産として各地で売られて…、そのうちに、スウェーデンを代表する物産品となっていったというものです。

思い出したんですけど…

僕がストックホルムに来て少し経った頃、デパートの売り場でダーラヘストを見て、ふと底の方を見てみたら、なんと「Made in Japan」と書いてあったのを見てびっくりしたことがありましたね…。

まだ60年代の頃でしたけど…それ見て「日本人の商魂はすごい!」と思ったもんです!

ちなみに、僕は札幌生まれの「道産子」ですけど、「道産子」というのは北海道に生息していた馬のことなんですが、昔から北海道のお土産としては「木彫りの熊」が有名で、肝心の馬のことはあまり知られてなかったですね…。

すいません、横道にそれました…

もう一つ、ダーラナをして敢えて「スウェーデンの心の故郷」というものがあるとすれば…

1500年代に、当時の国王グスタフ・ヴァーサがデンマークと戦争をして、一時は負けそうになったグスタフ・ヴァーサ国王がダーラナ地方に逃げたんですが…1521年にグスタフ・ヴァーサ国王の軍隊が、デンマーク王のクリスチャン2世の軍隊をダーラナで破って、結局この戦争に勝利して…

その後グスタフ・ヴァーサ王は、「スウェーデン建国の父」と呼ばれて今に至っている、ということがあります。

スウェーデンはバイキングの国ですから、昔からあちこちで戦いはあったんですけど、このスウェーデン・デンマーク戦争に勝利してからはヨーロッパでも強国として栄えましたから、この1500年代の建国というのは、スウェーデンの歴史でも誇り高い出来事であることには違いありません。

また話は飛びますが…

ストックホルムにある、世界的にも有名なヴァーサ博物館に展示されている当時世界最大の戦艦の名前も、このグスタフ・ヴァーサから来たものです。

そのグスタフ・ヴァーサ国王が、セーレン(Sälen)からモーラ(Mora)に逃亡した94kmの道は、その後スウェーデンの有名なスキー大会であるヴァーサロップ(Vasalopp)となって、今は日本でも、北海道でヴァーサスキー大会として盛んに催されています。

夏至祭りは、文字通り夏至のお祭りで、スウェーデン全国で行われ、観光的には、ストックホルムの野外博物館であるスカンセン(Skansen)での夏至祭りが有名かもしれませんが、

ダーラナ地方の夏至祭りは、やはり民俗音楽や民族衣装とのコンビネーションもあって、最もスウェーデンらしい夏至祭りだと思います。

ところで、

スウェーデンには、アンダーシュ・ソーン(Anders Sorn, 1860~1929)はじめ、世界的に有名な画家が大勢いますが…

その中でも、カール・ラーション(Carl Larsson, 1853~1919)は、最もスウェーデンらしい画家であるといっても過言ではないと思います。

彼は元々ストックホルムのガムラスタンに生まれたんですが、その後ダーラナに移って、特にダーラナ地方独特の家屋や家具なども含めた風景画を描きました。

僕がスウェーデンに来てから間もなく、ストックホルムの美術館でカール・ラーションの絵画を見た時に、「あ、これがスウェーデンなのか…」と、強く印象に残ったのを今でも思い出します。

その後ダーラナのファルーン(Falun)で亡くなりましたが、ファルーン市にある小さな町スンドボーン(Sundborn)には、彼が住んでいた家がカール・ラーション・ゴーデンという博物館・美術館として残され、多くの観光客を集めています。

カール・ラーションは、王立美術学校に学び、その後フランスに移って活動もしましたが、帰国後は「王立美術学校に反逆する芸術家協会」に参加して、それは、その後の「反逆者運動」(オポーネント、pponent)に繋がり、やがてそれは、スウェーデンの近代美術の動きを前面的に動かすキッカケにもなりました。

ダーラナの話がスウェーデンの芸術運動の話にまで飛んでしまいましたが、ダーラナというのは、とにかく「スウェーデンがいっぱい」の地方です。

特に夏の白夜の時期、そしてキャンピングには「最高」ですね!