響きあいのネットワーク「クラブEKO」

その趣旨!

1995年に、三重県や東京、神奈川、島根、鳥取、札幌、御殿場、高松などはじめ、各地の仲間や賛同者の方々の協力を得て、『響き合いのネットワーク「クラブEKO」』がスタートしました。

仲間の多くは、地域で音楽や文化活動をしている人たちであったり、障害を持つ人の環境に関心のある人たち、またスウェーデンとの交流を通して日本の福祉の向上に貢献したいと願う人たちなど、様々な想いを持つ人たち、そして既存の団体やネットワークに捉われずに、なおかつそれらとも連携していく新しいネットワークを願う人たちでした。

ロックグループEKOが音楽グループであること、また「エコー」が「響き」という意味合いを持つことなどから、その呼び方も「響き合いのネットワーク」として、周りに働きかけようという想いもありました。

こうしてスタートした活動に際して、周りに呼びかけた趣旨が、次のようなものです。

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響き合いのネットワーク「クラブEKO」
立ち上げにあたって

「クラブEKO」は、特定の地域や目的に限定した活動でなく、様々な個人や団体とのネットワークを通じて、広くバリアフリー社会の実現に向かう環境作りを目指す、ひとりひとりの集まり、そして「ネットワーク」です。

音楽とか芸術に限らず、それが何かをする作業所であれ住むところであれ、そのような人間関係と姿勢の中で、それぞれの持ち味が生かされて、みんなが生きがいを感じながら、一緒に良いものを造ろうとすれば、周りを包み込む共感を生み出すものです。

しょうがいを持つ人がインクルージョン(包含)され、生きがいを感じながら暮らせるためには、しょがいを持つ人が暮らしやすいような社会でなくてはなりません。

しょうがいを持つ人とはどのような人なのか、援助とか支援はどうあるべきなのかも理解しなければなりませんし、表現の場も、もっと広がって行かなければなりません。

また、しょうがいを持つ人誰もが自己の表現能力を伸ばしていける支援や、生活の援助・支援の方法の体系作りも必要です。
しかも、それは質の高いものにしていかなければなりません。

クラブEKOは、その実現を願い、仲間や活動の輪を広げ、しょうがいのある人もない人も、ひとりひとりが自分の持ち味を生かしながら、みんなと一緒に生きがいを共感し合い、共生できる社会を目指す人達のネットワークです。

一人一人は、みんなそれぞれ違うものを持っています。
考えが違ったり、立場が違ったり、置かれている状況も違うでしょう。
でも、お互い何か共鳴するものがあれば、それを広げていく事も可能です。

響きあうということは、お互いが共鳴しあうことです。

私たちは、お互いが共鳴する場をつくり、その共鳴するものを探る中で、自分や周りが協調しながら共存出来る社会を願う仲間たちです。

仲間は、全国、何処にでもいます。
そして、いろいろです。

地域での活動をしている人や、行政の人。
専門職や施設の管理職の人。
もちろん施設の職員や、しょうがいを持っている人自身も。
親や家族、それにボランティアの人や医療関係の人。

大学の学長さんもいれば、団体の役員や理事もいます。
ジャーナリストや芸術家。
保育所や学校の先生や、それに普通の会社員なども…。

自分の考えを広げていきたいと考えている人。
仲間が欲しい人。
自分の考えが周りの壁に突き当たり、悩んでいる人。

また良いアイディアがあっても、具体化する段になって困難にぶつかり、何かのサポートを必要とする人。
そして、何か意味のあることを、探っている人。何かをやりたい人。情報の欲しい人…。

クラブEKOは、そんな仲間や様々な活動の輪をつなげ、仲間たちの共感の輪を、いろいろな活動によって広げていきます。
そして、周りの人たちをも巻き込んで、さらに広げていきたいのです。

なぜなら、しょうがいを持つ人々の周りには、無理解や妨げが、まだまだ沢山あるからです。

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30歳の危機!

危機と成長!

「30歳の危機」、という言葉を聞いたことありますか?

スウェーデンじゃよく話に出るんですけど、日本じゃあまり聞いたことないし、たまに人と話すと「それって何ですか?」と逆に聞かれるんですよね。

で、ネットで日本語で検索すると、まあいろいろあるみたいで、どうやら「20代から30代になることへの恐れ」という意味で使われているみたいです。

もしかしたら、スウェーデンでも昔は同じ意味で言われていたのかよく分からないですけど、少なくとも70年代後半からは、人生の中の一つの大事な節目として考えられていて、いろんな場面で使われています。

スウェーデンの場合は、それは必ずしも20代から30代の切れ目という年齢的なことじゃなく、いわゆる「若者」から大人への脱皮の時期ということで、人によっちゃもっと若く24~25歳くらいかもしれないし、例えば僕の場合は32歳くらいの頃だったというように、その人の成長段階でそれぞれ違います。

スウェーデンでそういう考え方が定着したのは、精神医学の世界で著名だったヨハン・クルバリ教授が1975年に「危機と成長」という本を出版し、その中で「人生にはいろいろな危機の時期があって、人はそれを越え克服することによって成長する」ということを言ってからだと思います。

この本は1992年に改訂版が出ましたけど、スウェーデンでは福祉の世界の人はもちろん、教育界でも心理学でも、勉強すると必ず出てくることなんで…
例えば高校で福祉系の科目を選択すると、その本に書かれている趣旨は教えられます。

この「危機と成長」は1975年に出版されてから実に約300000部も売れて、デンマーク語、ノルウェー語 、フィンランド語、オランダ語、エストニア語に翻訳されていますが、スウェーデンの人口は900万ちょっとですから、その中で30万部っていうのは、北欧やオランダを合わせたとしてもすごい部数です。

じゃあ、「30歳の危機」とは何かということなんですけど、ひとつにまとめるのはちょっと難しいんですが…

人間、30歳近くとか過ぎた頃、あるいはアラサーっていうんですかね…その年齢になると、「自分は、何をするべきか?」とか、「この仕事は、本当に自分に合っているんだろうか?」、また「自分は、何が出来て、これからどうすれば良いのか?」というようなことで悩んだりしますよね。

それに加えて、「自分は、もう20代じゃない」、つまり、自分の人生の中で「もう若者ではなくなる」と実感するなど、いわゆる自分の人生の道や年齢的なことで悩むことです。

人間、若い頃は案外「自分は何でも出来る」と思っているし、自分の可能性の限界も知らない。
何でも出来ると思うから何でもやってみたくなるし、その可能性の限界を知らないから何でも試したくなる。

まあ、「若い」ということはそういうもんだし、それが出来るのは、多くの場合は若いうちですよね?

ところが、社会に出ていろんなことをやったり何かに打ち込んでいて、ある程度の時間が経ちいろいろ体験すると、その中で自分の可能性の限界も見えてくるし、やっていることへの価値観も変わってくる。
そういう時、悩みますよね…!

「これって、自分が本当にやりたいことなのか?」、「自分はこれに向いてないようだけど、じゃあ何をしたらいいのか?」などなど…

そして同時に、「変えるといっても、もう元には戻れない!」、「今までやっていたことが無駄にはならないか?」とか…
そして、「自分はもう若くないんだ!」 ってことで落ち込んだりします。

ヨハン・クルバリの言う「30歳の危機」とは、そういうことです。

そして、人間、その悩みを越えるところに、次なる成長の鍵があると言います。
言ってみれば、そういう悩みは悩むほど、後に役立つということです。

そういう悩みを持っている人はいますか?
だったら、大いに悩んでください。

大事なことは、それは「30歳の危機」という自然なこと、また誰にでもあること、そして悩むほど後の人生に役立つと思えば、悩みが悩みでなくなるというか、少なくとも落ち込まないで済むんじゃないかということです。

それと、もしそういう悩みを持たない人と比べると、悩みを持ってそれを越えることで、もしかしたらその後の人生が、「悩まなかった人」よりももっと充実したものに感じられるかもしれないじゃないですか。

日本では何故そう言わないかと考えてみました。

ただ単にヨハン・クルバリのことを知らないというよりも、日本って…例えばその時期の女性は「子育て」に没頭してるだろうし、男性なら、まあ世間体的にキャリアを追っている時期で、要は「自分のことを考えている場や余裕がない」からじゃないかと思いますね。

スウェーデンじゃ小さい頃から「自分」というものを考えるし、自分を主張したりその責任を持つことを教わりますけど、日本ではやっぱり「周りに合わせる」ことが根本的に大事だと教えられて育つじゃないですか…
だから、自分のことをじっくり考えるってことが少ないし、周りもあまりそれを求めない。

…かと言って、そういう悩みは誰しもが持つもんだけど、一人で悩んでるから、それが誰にでもあるし、しかも、実は健全な悩みとも気がつかない。

でも、最近はそういう価値観も少しずつ変わって来てますよね。

ネットの世界の影響もあったりして、善し悪しは別として、ニートや引きこもりなどいろんなタイプの人や、昔とは違う「人種」もいっぱいいるし、以前よりもそういう社会現象を自分の周りでも見かけるようになって来ました。

人の悩みは、きっと今も昔も変わらないかもしれないけど…

なので、そんな悩みを持っている人がいたら、それが20代前半でも30代であっても、それは「30歳の危機」であるというように認識して、「いっぱい悩んでください」と言いたいですね。

それを越えると、きっと何かがあるし、何よりも、そう考えると悩みも楽になるじゃないですか…

悩みって言っても、実はそれは肯定的なんだってこと、この本はよく教えてくれます。