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グループセッション

グループセッションは事例として認められない?


少し前のことですけど、音楽療法学会で音楽療法士の認定試験の時に、グループでのセッションを論文の事例に挙げようとすると、「グループのセッションは認められない」と言われたという話を聞いてびっくりしました。
詳細は分からないし、その話の場にはいたわけでないので、ここで「日本ではそうである」という断定はできないですけど、でも、何となく納得できる話だなと思いました。

世界音楽療法連盟やスウェーデンの三つの流れの中での定義づけを見ても、「個人のクライアントあるいはグループ」という言い方や、スウェーデンの場合のように「個人あるいは集団に対し」と明確に書いていますけど、確かに日本の定義には「集団」とか「グループ」という言葉はないですよね。
それと、どうも日本には「日本では集団セッションが多いが、欧米では個人セッションが主である」という考えがあるのかなとも思いますけど、実際にスウェーデンでの音楽療法のセッションは、集団(グループ)のセッションの方が多いと思います。
もちろん個人セッションが向いている場合もあるけど、集団のセッションが多いのは、日本と同じように施設などの環境や都合によることも多いにせよ、個人に焦点を当てる場合に、グループの中での個人というものを重要視することもその理由でしょう。つまり、「集団の中での自己発揮」や「周りとの協調の中での自己発揮、自意識の高揚」ということですね。

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グループセッション

そんなことを考えながら日本でのグループセッションを見てみると、これも一般的で表現も難しいですけど、グループが何をどうするかという中で、ひとりひとりの参加者へのアプローチがスウェーデンよりも少ないかなという気がします。
「集団の中での自己発揮」となると、その人がグループの中にいることで何をどう感じ、自分をどう表現をしているかということを見たり感じたりして受け留めて解釈するのは大事なことだし、それはまたグループの中だからこそ出来ることです。
ここで改めてグループダイナミックのことを言うつもりはないですけど、そういうひとつひとつのアプローチが、結果的にグループ全体のあり方の向上や、グループが個人をどう受け入れるかにつながっていくわけですけど、そういう関わりをするためには音楽というものが非常に有効な手段であるというのが、今までいろいろ体験されています。

でも、そういう体験を実証することは、確かにEBM(実証に基づく医学)には向いてない、というよりEBMでは実証出来ないかもしれませんね。日本でグループのセッションが認定試験の実例として認められ難いというのは、そういうことも理由なのかな?
とすると、「音楽療法はEBMで実証出来るのか?」という問題と関わってくるのか、あるいは、日本の医学もそろそろスウェーデンのようにもっとホリスティックな視点の医学・医療の方向に向かった方が良いのか・・・。
聞いてびっくりしたことが、実は本質的な問題を含んでいるのかもしれませんねUndecided


 

 

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