スウェーデンの音楽療法(その4)音楽療法士の養成

音楽療法の部屋

⚫︎ストックホルム王立音楽大学での教育

スウェーデンで音楽療法士の教育が最初に始まったのは、ストックホルムにある王立音楽大学ですが、王立音楽大学では大きく分けて、演奏家を養成する「演奏専門学部」と音楽教師を養成する「音楽教育学部」、それに「作曲、指揮学部」に分かれています。

音楽療法科は、この中で音楽教育学部に属し、コースが設立された当時は、その中の「リトミック科」の特別コースでしたが、現在は音楽療法科として独立した科目になっています。
教育期間は3年間で、基礎課程、継続過程と付加過程に分かれ、授業は週2回行われ、終了すると学士の称号が得られ、音楽療法士として認定されます。


ストックホルム王立音楽大学、音楽療法科の授業風景

王立音大音楽療法科の設立当時の入試は、論文提出の他に、演奏技術、療法的状況の中でのディスカッションなどを試験官の前で行うものでしたが、現在は音楽教育学部の付加科目であるため、入学資格として、すでに音楽教育科の科目を修得しているか、あるいは、心理士や音楽教師などの資格があり、しかも臨床を5年以上行っているということが条件になっています。
また、25歳以下では入学が難しいということです。

王立音大の音楽療法科は、伝統的に精神力動的な理論を基調としていますが、その他の精神・心理療法理論や、いろいろなスタイルの療法が学習できるようになっています。

カリキュラムを羅列するとかなりの量になりますが、大まかには、音楽療法概論の他に、各種の方法論や音楽概論、即興演奏と作曲、合奏技術とレパートリー発展、GIM音楽療法の基礎知識、各種の心理療法、音楽心理学、発達心理学、基本的な精神療法の知識、精神的・身体的な機能障害、脳心理学の基礎、倫理、職業的責任と対処責任などですが、この他にも、福祉職の職員に対する音楽を使ってのスーパービジョンというものもあります。

もう一つユニークなものとして、学生は教育期間中に、自分自身がクライエントとして何かの精神療法を受けるということが義務付けられています。

⚫︎FMT音楽療法の教育

もう一つの音楽大学であるインゲスンド音楽療法科では、FMT音楽療法に限った音楽療法士を養成しています。

FMTの創始者であるラッセ・イェルムは、長年ウプサラ市にあるバーナドッテ特別支援学校の音楽教師を務めていて、特に脳性麻痺の児童との音楽活動に携わってきました。
彼は1980年代の半ばにストックホルム王立音大の教員を退き、自分の方法論をFMTと名付けて、1985年にウプサラ市にある音楽教育協会という教育機関でFMTの講座を開き、その後インゲスンド音楽大学において独自の音楽療法による音楽療法士の養成を始めました。


インゲスンド音楽大学、FMT音楽療法科の授業風景

音楽療法の心理的な側面よりも脳機能に働きかけるという理論なので医学的なカリキュラムも多く、講師として専門家を招いて講義を行っています。
教育は3つのカテゴリー、基礎過程、継続過程、付加過程とそれぞれ1年で、週2日の授業で3年間の教育期間終了後に、FMT音楽療法士としての認定が得られます。

また、FMTは、その理論を広めていくことに積極的に活動し、現在では国外においてもその療法を広めつつあります。

⚫︎ショービーク国民高等学校での教育

ショービーク国民高等学校は、キリスト教系の財団が運営する学校で、一般教養の他に、宗教(キリスト教)学、音楽、音楽療法、さらに手芸屋テキスタイル(布を素材とするもの)などのコースがあります。

一般的に国民高等学校のレベルでは入学試験というものはないのが普通ですが、ここでの音楽コースや音楽療法コースでは、それぞれの入学試験を受けなければなりません。

音楽療法コースの試験科目としては、面接の他に、自分の伴奏による歌唱と、グループを指導する実技などがあります。

授業のカリキュラムは、音楽療法の方法論、姿勢と自己の発達、音楽心理学、発達心理学、精神医学と社会ケア、それにピアノとギター演奏やリズム、音楽概論などです。

ここでの音楽療法の教育は音楽療法基礎教育と性格づけられて、教育機関は3年で、そのうち初めの2年は週4日の授業で、残りの1年間は週2日の授業になっています。

また、1年目は、幼稚園での音楽や合奏の活動、知的障害者のグループとのセッション実習などで、2年目は、独自の方向での実習と高齢者ケアにおいての実習、3年目には、精神医療の分野で音楽による日中活動での実習という内容で、それぞれの分野での実習に重点を置いています。


ショービーク国民高等学校、音楽療法科の実習

⚫︎その他の教育機関での教育

この他に、ヘルノサンド国民高等学校という、音楽療法とは呼ばずに、音楽ハンドリーダー科目という名称の、主に知的障害者や自閉症の人たちとの音楽活動のリーダーを養成する国民高等学校があります。

ここでは、伝統的に音楽の活動に「療法」という言葉を使うことを敬遠しており、実際の活動は音楽療法でのセッションや考え方と似ているところがあるとはいえ、あえて療法ではなく、あくまでも特別な音楽活動という立場をとっています。

このような学校はいくつかあり、また音楽療法を補助的なコースとして取り上げている教育機関もありますが、いずれも音楽療法士の養成機関ではありません。

⚫︎音楽療法士の資格

音楽療法士の資格は、それぞれの音楽療法教育の場で規定の単位を取得すれば、その教育機関による認定が得られます。

その資格を持たないで音楽療法を行うことは、以前のように音楽療法の認識がまだ浸透していなかった頃はともかくとして、現在は、それが可能であるとしても、社会的な認知は得られません。

音楽療法という言葉が福祉の分野でも聞かれ始めた頃は、障害者と音楽をすることが音楽療法であるという通念もあって、デイセンターなどでの音楽活動の場では、よく音楽療法という言葉が聞かれていたものです。
しかし、音楽療法の教育が進み、教育機関からの資格が得られるようになるにつれて、そのような現象もなくなってきました。

一方で、特に障害児の特別教育の分野や福祉の分野に携わる人の中には、そのような場で音楽をすることを音楽療法と呼ぶことに対して、療法という言葉や概念に疑問を持ったり批判的であったり、あるいは嫌がる人がいることも否定できません。

音楽療法やその教育が確立していく過程でも、特に「教育的音楽療法」あるいは「特別教育的音楽療法」という概念を語るときに、それは教育なのか療法なのかという議論もありました。

また、障害者の日中活動を支援する職員や音楽活動に携わる人の間では、音楽活動を進めるうえで、むしろ「これは音楽療法ではない」と断定する人もいるほどです。
そのような人は、音楽大学での音楽療法の教育というものを敬遠して、ヘルノサンド国民高等学校などで、音楽ハンドリーダーとしての教育を受ける傾向にあります。

音楽療法士であれ音楽リーダーであれ、スウェーデンの福祉分野で音楽活動を行う場合には、このような資格を持つ人が多く携わっています。

スウェーデンでは、伝統的に音楽というものが社会や生活の中に息づいていますが、音楽はそれ自体が療法的であるということは人々が体験の中で認識していますし、その上で、また「音楽療法とは何か」という問いが、これからも語られていくことでしょう。

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(その6、「音楽療法士の働く場」に進む)
(その7、「実証と評価、今後の課題」に進む)

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(その3、「音楽療法の方向性」に戻る)

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