クラブEKOの活動

会報誌「ブレティーネン」の発行

クラブEKOのスタートにあたって、主だった仲間とまず活動のスタートとしては何をするか話し合った結果、やはり自分たちの考えや願いを伝えること、またスウェーデンの情報も広く知らせたいということから、まず会報誌を発行しようということになりました。

そして、会報誌の名前として、スウェーデン語で「会報誌」という意味の「ブレティーネン」第1号が発行されました。

会報誌といっても、それを編集し印刷となるとそれなりの技術も資金も必要ですが、そのため会の運営を会費制にして、また会員や知人のボランティア活動によって経費もある程度抑えられ、おかげで創刊号から質の高い会報誌を発行することができました。

しかし、いろいろな経過の中で…事務局の移動があったり、また編集や運営にも次第に様々な問題や課題が出てきて、残念ながら04年に発行の第23号が最終版となりました。

 

その間、各種のイベントの特集やハビリテーションについての連載、あるいは音楽療法の話題ややスウェーデンからの情報など、それぞれの時期において話題性のあるものや重要性のある問題について取り上げることができました。

学ぶ場としての「福祉フォーラム 

情報を伝達する場としての広報誌の次には…
「みんなが地域社会の中で共生するには、何をしなくてはいけないのだろうか?」と考えなくてはいけないことや、知らなくてはいけないことなどを「学ぶ場」として…

講演会やシンポジウムの形で、「福祉フォーラム」が企画、実施されました。

90年代に入ると、「施設型福祉から地域福祉へ」という動きの中で、それを具体化するための多くの議論や討論が行わるようになりました。

クラブEKOではスウェーデンから先駆者を日本に招いて、スウェーデンの状況や経験を日本に伝えると同時に、福祉の変革期に重要なテーマを提起していきました。

第1回目:97年2月、「自らの生活を決める権利と、その援助」、
講師:スウェーデンFUB全国理事会会長 エライン・ヨハンソンさん
開催地:松江、大阪、神戸、札幌、川崎

第2回目:97年11月、「本人活動と自己主張」、「施設での暮らしと、相互関与、障害の自己認知」
講師:スウェーデンFUB・本人部会会長 オーケ・ヨハンソンさん
開催地:東京、横浜、札幌、旭川、大阪など、全国10か所

第3回目:99年2月、「スウェーデンの障害者オンブズマン」、「施設入居者の人権を考える」
講師:スウェーデン、障害者オンブズマン局調査員 ジェニー・オラウソンさん
開催地:津(三重県)、横浜、東京、大阪

第4回目:02年10月、「家族の扶養義務制度を見直そう!」
講師:クラブEKO代表、・元デイセンターEKO所長 大瀧昌之
開催地:栃木県足利市、和歌山県御坊市、島根県松江市、岡山県津山市、名古屋市、北九州市

クラブEKOツアー

「みんなで、スウェーデンに行こう!」

そんな誘いに応えて、96年2月から03年11月までの間、クラブEKOーが企画したツアーが合計9回行われ、総勢100人以上が参加しました。

ツアーのメインは、グループホームやデイセンター、日常活動所の訪問、「FUBダンス」と呼ばれる知的障害を持つ人のダンス会の参加と交流で、宿泊はストックホルム市でも高級なシェラトンホテルと、6泊8日という短期間ではありながら結構余裕のあるツアーでした。

この「クラブEKOツアー」には全国各地から参加者が集まり、スウェーデン滞在中は毎日討論や交流をする中で立場や考えを共有することが出来て、その後の日本での活動につながっていきました。

「響き合いのフェスティバル」

1992年から1年おきに来日したスウェーデンのロックグループ「EKO」は、各地で地元のグループと共演をしました。

各地には既にいろいろなグループがありそれぞれの活動を行っていましたが、「EKO」の来日公演の度にその数も増え、またパフォーマンスやそのスタイルも多様になってきました。

「全国の音楽・舞台芸術グループが集まって、大コンサートが出来ないだろうか?」

やがて、仲間たちの間からそんな声も生まれ、「EKO」をゲストに迎えてのフェスティバルが計画されました。

しかし、今まで「EKO」と共演したグループだけでも優に30を超え、また新しいグループも沢山生まれたので、全国のグループが1個所に集まってのコンサートは、1日のステージでは実質的に不可能です。

そこで、参加グループを公募することになり、実行委員会が東京に設置され、何回もの会合を行いながら、準備が進められました。

そして1998年に東京五反田のホールで、クラブEKOの賛同人の一人でもある小室等さんの司会で始まったステージ。

「響きあいのフェスティバル」は、生憎の雪空にもかかわらず集まった観客との熱い交流の中で大成功に終わりました。

フェスティバルは、そこに集う全ての人によって作り上げられます。

準備をすすめる人、ボランティアで会場のお手伝いをする人、切符の販売に駆けずり回る人、広告を集める人、資料を作る人・・・、そして、もちろんステージに立つ人も観客も、みんなフェステイバルを支える人たちです。

みんなが「やって良かった」と感ずる時、そのイベントも成功したと言えるでしょう。
「響きあいのフェスティバル」は、そんなイベントでした。


1998年に五反田で行われた「響き合いのフェスティバル」は、その後…

1998年 御殿場市、「響き合いのフェスティバルin御殿場」
1998年 札幌市、市民が作った「グリーンフェスティバル」
1999年 三重県小俣町、「ひびき合いの集い’99 in 小俣」
1999年 横浜市、クラブEKO横浜コンサート・温故知新Ⅱ
2000年 東京都中野区、「ポレポレコンサート」
2003年 島根県松江市、「響き合いのフェスティバルin松江」

…と、合計7回のフェスティバルが開催されました。

フェスティバルの名称は、クラブEKOが主催したものは「響き合いのフェスティバル」というものでしたが、各地ではそれぞれの実行委員会が立ち上がり、クラブEKOは共催ということで、各地それぞれの地域に合ったタイトルで行われました。

EKOが最初に日本で行なった演奏は「とっておきの芸術祭」においてでしたが、この「響き合いのフェスティバル」以降、いろいろな地域でしょうがいを持つ人が参加、あるいは主役になるフェスティバルが行われ、また「とっておき…」の名前を継承するフェスティバルは現在もなお継続して行われています。

響きあいのネットワーク「クラブEKO」

その趣旨!

1995年に、三重県や東京、神奈川、島根、鳥取、札幌、御殿場、高松などはじめ、各地の仲間や賛同者の方々の協力を得て、『響き合いのネットワーク「クラブEKO」』がスタートしました。

仲間の多くは、地域で音楽や文化活動をしている人たちであったり、障害を持つ人の環境に関心のある人たち、またスウェーデンとの交流を通して日本の福祉の向上に貢献したいと願う人たちなど、様々な想いを持つ人たち、そして既存の団体やネットワークに捉われずに、なおかつそれらとも連携していく新しいネットワークを願う人たちでした。

ロックグループEKOが音楽グループであること、また「エコー」が「響き」という意味合いを持つことなどから、その呼び方も「響き合いのネットワーク」として、周りに働きかけようという想いもありました。

こうしてスタートした活動に際して、周りに呼びかけた趣旨が、次のようなものです。

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響き合いのネットワーク「クラブEKO」
立ち上げにあたって

「クラブEKO」は、特定の地域や目的に限定した活動でなく、様々な個人や団体とのネットワークを通じて、広くバリアフリー社会の実現に向かう環境作りを目指す、ひとりひとりの集まり、そして「ネットワーク」です。

音楽とか芸術に限らず、それが何かをする作業所であれ住むところであれ、そのような人間関係と姿勢の中で、それぞれの持ち味が生かされて、みんなが生きがいを感じながら、一緒に良いものを造ろうとすれば、周りを包み込む共感を生み出すものです。

しょうがいを持つ人がインクルージョン(包含)され、生きがいを感じながら暮らせるためには、しょがいを持つ人が暮らしやすいような社会でなくてはなりません。

しょうがいを持つ人とはどのような人なのか、援助とか支援はどうあるべきなのかも理解しなければなりませんし、表現の場も、もっと広がって行かなければなりません。

また、しょうがいを持つ人誰もが自己の表現能力を伸ばしていける支援や、生活の援助・支援の方法の体系作りも必要です。
しかも、それは質の高いものにしていかなければなりません。

クラブEKOは、その実現を願い、仲間や活動の輪を広げ、しょうがいのある人もない人も、ひとりひとりが自分の持ち味を生かしながら、みんなと一緒に生きがいを共感し合い、共生できる社会を目指す人達のネットワークです。

一人一人は、みんなそれぞれ違うものを持っています。
考えが違ったり、立場が違ったり、置かれている状況も違うでしょう。
でも、お互い何か共鳴するものがあれば、それを広げていく事も可能です。

響きあうということは、お互いが共鳴しあうことです。

私たちは、お互いが共鳴する場をつくり、その共鳴するものを探る中で、自分や周りが協調しながら共存出来る社会を願う仲間たちです。

仲間は、全国、何処にでもいます。
そして、いろいろです。

地域での活動をしている人や、行政の人。
専門職や施設の管理職の人。
もちろん施設の職員や、しょうがいを持っている人自身も。
親や家族、それにボランティアの人や医療関係の人。

大学の学長さんもいれば、団体の役員や理事もいます。
ジャーナリストや芸術家。
保育所や学校の先生や、それに普通の会社員なども…。

自分の考えを広げていきたいと考えている人。
仲間が欲しい人。
自分の考えが周りの壁に突き当たり、悩んでいる人。

また良いアイディアがあっても、具体化する段になって困難にぶつかり、何かのサポートを必要とする人。
そして、何か意味のあることを、探っている人。何かをやりたい人。情報の欲しい人…。

クラブEKOは、そんな仲間や様々な活動の輪をつなげ、仲間たちの共感の輪を、いろいろな活動によって広げていきます。
そして、周りの人たちをも巻き込んで、さらに広げていきたいのです。

なぜなら、しょうがいを持つ人々の周りには、無理解や妨げが、まだまだ沢山あるからです。

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